五輪を紹介

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「市民がだれでも講師」自主運営で200講座 長野・上田市でユニークな生涯学習

 「市民がだれでも講師」自主運営で200講座 長野・上田市でユニークな生涯学習

 

  「誰でも先生に、誰もが塾生になれる」というユニークな市民講座「生涯楽習・上田自由塾」が長野県上田市で今年発足10周年を迎えます。行政のお仕着せになりがちな生涯学習から離れ、市民自ら教え学ぶ場として自主運営で開く延べ200余講座は3000人近い受講者で盛況。地域での学びの在り方をあらためて考えさせる例として、各地から問い合わせも来ています。

互いに「教え学ぶ場」という発想

 [写真]蕎麦教室で実演する講師の酒井佐平さん

  上田自由塾は毎年4月開講、各講座は翌年3月まで毎月1~2回開きます。(1)音楽、文学、語学など、(2)アート、園芸、手工芸など、(3)料理、着付け、パソコンなど、(4)健康、スポーツの4分野。2015年度は103人の市民講師がエントリーしています。
  
  受講料は1回500円と手ごろです。講師への謝礼と運営費は受講料から分け合い、行政の補助金はありません。市は公民館などの公的施設を講座の会場として無料で貸し、側面から支援しています。
 
  自由塾の活力の源は、2005年のスタート時にあります。上田自由塾の塾長、山口忠久さんによると、2003年に市教委の呼びかけで生涯学習のあり方を探る市民の懇話会が設けられ、2004年に独自の運営方針を市長に提言しました。そのコンセプト(基本的な考え方)は、(1)講師を一般募集する。誰でもやる気があれば講師になれる、(2)自由塾の運営は、民間主導とする――などでした。それまで生涯教育では一般的だった見知らぬ専門家の講師を招くなどのお仕着せではなく、市民同士で互いに「教え学ぶ場」をつくりだそうという発想の転換があったのです。
 
  このため、運営方針では「市民参加型の生涯学習社会の構築」「学ぶ生きがいだけでなく、教える生きがいの場も提供する」「年齢制限はしない。すべての市民を受け入れ、世代間交流を図る」などを明確にしました。

“平成の寺子屋”を根付かせたい

  上田自由塾発足から中心的に関わってきた山口塾長は、2005年1月の講師募集スタートを前に当時の信濃毎日新聞の記事中で「市民の力で上田の地に“平成の寺子屋”を根付かせたい」と話しています。

  自分たちがつくりだす講座への市民の関心の高まりは受講生などの推移にもはっきり。前期と後期に分けて集計していた2005年度の受講生は前期347人、後期556人、翌06年度は通年度で741人でしたが、10年度には2160人へ急上昇。14年度は2718人に達しました。講座数も当初の50前後が2014年度は204講座に。講師も当初の50人前後から現在は100人態勢です。
 
  講座は、なぎなた教室、フラダンス、ヨガ、茶道教室、お手玉教室、かご作り、パン作りや、「簿記に挑戦してみませんか」「藤沢周平に学ぶ」「筆跡から歴史上の人物像と時代背景を探る」「古典絵巻・絵本を読む」など多彩。プロに近い実績や長年の経験を反映した内容で、講座を10年続けている講師も10人近くいます。また、10年間受講を続けている人も40人以上に上り、同じ地域で先生と生徒の関係を持つきずなをうかがわせます。

塾生「学んだ英語で海外行きたい」

 [写真]「うまいなあ」。山盛りの自作そばを楽しむ受講者

  「誰でも先生」の実際の講座を見てみました。2月24日に上田市上野が丘公民館で開いた「楽しい蕎麦(そば)教室・初級」。講師は元農協職員でそば打ち20年、人に教えて14年の酒井佐平さん(60)。昨年から続いた講座のこの日の受講者は中高年の男女8人。「どんなに腕が良くてもそば粉が良い状態でなければだめだね」「そばの太さは1~1・2ミリぐらいがうまい。あまり細くしないように」などと話す酒井さんの指導で懸命にそば粉をこねます。慎重に打って、包丁で切る場面では思わず汗がにじみ、手が震えるほどの緊張も。
 
  参加した男性は「自宅でそばを打って家族に喜んでもらえるのがいいね。昨年末は年越し用に冷蔵庫から出したそば粉をすぐ打ったらバラバラになって失敗。常温に戻す手間を忘れていました。2回目は成功したよ」とうれしそうでした。

 [写真]英語の講座で助言する永島千絵さん(右)

  2月17日に上田市大手町自治会館で開いた「やりなおし基礎英語」の講座は、若い女性から中高年の男女まで14人が受講。英検1級で長野県の通訳案内士の資格を持つ講師の永島千絵さんは、1日にクラス別に5講座を持つほどで、事務局によると英語講座の人気は高いといいます。
 
  受講した経営コンサルタントの男性(73)は「記憶力は落ちたが、理解力は年齢とともに高まっているので、講座が新鮮です。そのうち海外に行ってみたいですね」と話していました。

全国の自治体から問い合わせも

  上田自由塾のホームページは、「教えることの楽しさ、大変さが分かることも生きがいではないでしょうか。学歴、職歴、年齢などの制約は一切ない」とうたっています。開塾10周年の記念誌に寄稿した母袋(もたい)創一上田市長は「教えたいものが教え、学びたいものが学ぶという自由な気風が市民に受け入れられた」とこの10年の取り組みを評価。事務局にはこれまでに全国の自治体などから5、6件の問い合わせもありました。
 
  それでも、「玉石混交の講座構成になるのでは?」。その疑問に答えるのが「受講生10人以上の支持」の原則です。「私にやらせて」と手を挙げても、その講座の受講希望者が10人以上にならなければ講座が開けないことになっています。事務局が介入することなく市民のチェックが働く絶妙のシステムです。山口塾長は「一主婦でも講師になって評価されることができる。受講生と講師の、市民同士の信頼関係で成り立っているのが自由塾なんです」と話しています。
 
 (高越良一/ライター)

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